ハッシャ・バイ

― All The Pretty Little Horses ―

中学卒業と同時に修行に入り20歳から結婚するまで資生堂美容師であった母の夢は
世界一周豪華客船の美容室に勤務すること
まるでサリンジャーのナイン・ストーリーズ『テディ』の世界ではないか
そんなハイカラな美容師時代に母はこのララバイを同僚から教わった

ハッシャバーイ ドーンチュクラーイ ゴートゥースリープ リル ベーイビー

カタカナ英語のこの子守歌を3人の子供たちはそれは頻繁にせがんだ
「おかあさんハッシャバイうたって」
ここだけ切り取ると、かのグラースサーガに登場しそうな心温まる逸話ではないか
ともかく我が家にとって非常に思い出深いこの歌を記念すべきファーストアルバムのタイトル曲に冠した
まぎれもなく母へのオマージュである

だが母がそのことを感想として口にしたことはない
照れているのか、欲張りなのか
多少物足りなく感じていたが、最近分かったことがある
思ってもなかなか口に出さないのが母なのだ
というより秋田から江差の厚沢部に入植してきた母一族の気質なのだ
祖父や叔父らはおしなべて無口 武士のような緊張感を漂わせる静けさをもっている
祖母や叔母らは世間話をしない 押し黙るような芯の強さのある静けさをもっている

大学時代英会話のFrances Loden先生が故郷カリフォルニアの大勢の知人に聞いて下さった
”This is my mom’s version!”
そう言ってたくさんの方が歌詞を教えて下さった
ハーモニーは単純なものとしてそれほどアレンジしたつもりがなかったが、先日ギターの古舘さんとこの曲のもつトラディショナルらしいマイナーな響きについて話したことがきっかけで改めて聴いてみた

何というか、色彩がずいぶん違う
子供の時想像していたハッシャ・バイのイメージはふんわりやわらかくて清らかで
あたりまえながら日本の幼児である私の脳内でアメリカのカントリーミュージックの色彩を帯びるはずもない
なので、アルバムで歌われているバージョンはハーモニーもふくめまさに
”This is my mom’s version!” である
というか
“This is my image of my mom’s Hush-A-Bye!”である

このハッシャ・バイひとつで私が持つ母というイメージのすべてが満たされる
それは母という存在の持つすべてのやわらかさ清らかさを内包している
それは母という存在に憧れるすべての子供の無垢な情熱を内包している